東京高等裁判所 平成4年(ラ)1040号 決定
抗告人 甲野一郎 外5名
相手方 甲野はる
主文
原審判を取り消す。
本件を千葉家庭裁判所佐倉支部に差し戻す。
理由
一 抗告人らの抗告の趣旨は、主文と同旨の裁判を求めるものであり、その理由の要旨は、「被相続人は、生前相手方名義で別紙物件目録一記載の各土地を取得し、これらを相手方に贈与した。相手方に特別受益がなかったことを前提とした原審判は不当であり取り消されるべきである(以上抗告理由第一点)。原審判は、原審判書添付物件目録一の9記載の土地については、誰が取得することになるのかを明らかにしていない。遺産の一部について判断をしなかった原審判の手続は違法であり、原審判は取り消されるべきである(以上抗告理由第二点)。被相続人は、相手方の希望を容れて贈与の意思で相手方名義としておいた別紙物件目録一記載の各土地を、被相続人に何ら諮ることなく第三者に処分してしまったことに憤り、原審判書添付物件目録二記載の各土地を勝手に抗告人甲野二郎に贈与名義で登記したものに過ぎず、贈与は無効である。このように被相続人が抗告人甲野二郎名義とした土地は他にも別紙物件目録二記載のとおり一筆ある。これらを抗告人甲野二郎の特別受益であると判断した原審判は不当であるから取り消されるべきである(以上抗告理由第三点)。」というのである。
二 当裁判所の判断
1 抗告理由第一点について
抗告人らは、抗告の理由に副う各登記簿謄本を提出し(ただし別紙物件目録一の1、2、18を除く。)、かつ被相続人が生前その心境を短歌にして綴った文書とうかがうことができる書面(乙1号証)を提出した。これらの登記簿謄本によれば、別紙物件目録一記載の各土地(上記三筆を除く。)は、相手方が、被相続人との婚姻(昭和33年4月17日)の後である昭和36年から昭和50年にかけて売買により取得した旨登記されているが、その面積は広大なものであって、原審判により被相続人の遺産と認められた土地の総面積を凌駕することが認められる。また、前掲乙1号証に記載されている短歌中には、相手方名義にしておいた土地が他人名義にされていることを嘆いていると読めるものもある。そして、相手方が原審判手続において提出した上申書には、右の各遺産が、被相続人と相手方の所持金を合せて購入したものである旨の主張記載があるが、上記の相手方取得名義となった各土地の取得経緯にはなんら触れるところがない。
もっとも、抗告人らが提出した前記各登記簿謄本上の、いずれの土地も第三者から直接に相手方に所有権が移転した旨の記載は、相手方の、当審における、右の各土地はいずれも相手方がその固有の資金によって第三者から直接に取得したものであるとの主張と符節が合う。しかし、相手方は、婚姻中に自己名義で広大な面積の土地を取得する一方で、なお被相続人名義で取得する土地にも資金援助することができたというのであるが、これを裏付けるべき当時における相手方と被相続人の資力、稼働状況などについて首肯するに足りる資料は、本件記録上では見当たらない。
2 抗告理由第二点について
原審判は、原審判書添付物件目録一記載の9の遺産である土地の取得者について何も判断していないことは記録上明らかである。同土地の面積の遺産全体に占める割合はわずかであり、かつその価額についても、これを遺産全体の評価額と比較するときは、原審判の結論を左右するに足りるほど多額であるとはいえないから、右の点のみならばあえて原審判を取り消すことなく、追加審判により遺産分割を完結することも可能であるとも考えられるが、他の点について原審判を再考する余地があるのであれば、併せてこの点についても同一の判断に服させるのが相当である。
3 抗告理由第三点について
本件記録によれば、原審判は、原審判書添付物件目録二記載の各土地について、登記簿謄本の記載並びにこれに副う相手方提出の前記上申書の記述内容に従って、いずれも被相続人から抗告人甲野二郎に生前贈与されたものと認め、これを特別受益として相続分を計算し、原審判の結論に至ったものであるが、これについて、贈与を受けた抗告人甲野二郎の言い分がなんら反映されていないことが認められる。
抗告人らは、その抗告理由において、抗告人甲野二郎に対する贈与が無効であると主張し、抗告人甲野二郎は、当裁判所に対し重ねてその趣旨を上申し、抗告人甲野一郎、同甲野四郎及び同乙山あきも同じ見解を明らかにしている。もし相手方並びに抗告人らに対する審問によって右のような事実関係が認められるのであれば、これは原審判の結論にも影響を及ぼすべき事情といえる。
4 結論
本件記録によれば、抗告人らは、相手方の申立により、被相続人甲野太郎にかかわる遺産分割調停申立事件が原裁判所に係属して以来、二度の調停期日、四度の審判期日にも家庭裁判所の呼出に応ずることなく、また家庭裁判所調査官からの照会書送付に対しても何等実質的に応答せず、かつその主張を明らかにし、資料を提出するなど、公平迅速な審判により、妥当な結論を得るために当事者が協力すべきであると考えられる行為を何もしなかったことが認められる。
元来遺産分割審判は、家庭裁判所が職権で手続を進めるべき性質のものではあるが、その職権行使は、裁判所にとっては発見が困難であり、他方当事者にとっては裁判所に提出することに支障のない主張や資料の探索についてまで要求されるものではなく、そのような場合には当該当事者が自ら資料を提出しないことによって不利益を受けることがあっても、止むを得ないものというべきである。
抗告人らは、この意味において、自己の尽くすべき手続上の義務を尽くしたとはいえず、本件抗告は、自己の怠慢を差し置いて他を批判するに帰するのであって、たとい原審判の結論が、その不利益に結果したとしても、自ら招いたものとして、これを甘受すべきものとも考えられる。しかし、抗告人の一部は遠隔の地に居住しているなどの事情もあり、抗告人甲野二郎、同甲野一郎、同甲野四郎及び同乙山あきは、当裁判所に対し、今後はその主張を補充し、必要な資料の提供もし、裁判所の呼出には必ず応ずべきこと、将来各土地の価額の鑑定が必要となった場合には、手続に要する費用を速やかに予納すべきことを約する旨の上申をしている。
そうだとすると、前記のとおり解明すべき事実関係のいくつかがなお未解明であり、これについて抗告人らも手続に協力するというのであるから、家庭裁判所の後見的な役割を考慮し、妥当な結論を得るためには、今一度家庭裁判所における慎重な調査、判断を受けるべきものとするのが相当である。
そこで、原審判を取り消し、本件を千葉家庭裁判所佐倉支部に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 満田明彦 曽我大三郎)
(別紙)
物件目録(一)
1. ○○市○○字○537-1 畑 379m2
2. 同所 537-2 畑 198m2
3. ○○市○△字○○459 田 489m2
4. 同所 460 田 502m2
5. ○○市○○字○○○391-1 畑 502m2
6. 同所 391-2 畑 257m2
7. 同所 394 畑 251m2
8. ○○市字○△1639-1 田 776m2
9. ○○市字○×2077-1 田 793m2
10. 同所 2077-3 田 297m2
11. ○○市○○字△△2197 田 512m2
12. 同所 2213-2 田 128m2
13. ○○市○×字○○141 田 697m2
14. 同所 142 田 638m2
15. ○○市字○×2107-10 山林 165m2
16. ○○市△△字○206-1 田 1,276m2
17. ○○市△△字○207-1 田 392m2
18. ○○市○○字○539-1 田 422m2
物件目録(二)
1. 千葉県○○群○○154番 山林 462m2